日本の世界遺産第22位「百舌鳥・古市古墳群(大阪府)」



百舌鳥・古市古墳群(大阪府)

5世紀、中国南朝の宋に倭王が5代にわたって使節を派遣してきたことが宋の歴史書『宋書』に記されています。その倭王に比定される天皇の巨大古墳を含む49基の古墳群が、令和になって初めて、国内23件目の世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」として登録されました。

古墳群は土を盛り上げた墳丘をもつ墳墓が日本列島で盛んに造られた「古墳時代」の代表的な遺跡で、古代ヤマト王権の形成期である4世紀後半から6世紀前半の築造と推定されます。大阪府南部の百舌鳥地域(堺市)と古市地域(羽曳野市、藤井寺市)にあり、なかでも墳丘の長さが486m、世界最大級の墳墓とも称される「仁徳天皇陵古墳」(大山古墳、堺市)は、上から見ると鍵穴の形をした日本最大の前方後円墳です。さらに425mの日本第2位の規模の前方後円墳「応神天皇陵古墳」(誉田御廟山古墳、羽曳野市)や、王に仕えた人々の墳墓とされる小さな円墳や方墳など多彩な古墳が密集。仁徳天皇陵古墳は、当時の工法で築造に15年以上の歳月がかかったといわれ、莫大な労力を費やした国家の一大事業だったと思われます。

5世紀は朝鮮半島で高句麗・百済・新羅が対峙していた時代、倭も巨大古墳の築造によって王権を強固にし、東アジアの国際社会へ乗り出していったのではないでしょうか。宮内庁が管理する天皇陵古墳には立ち入れませんが、周辺からその壮大さの一端にふれることはできます。日本の黎明期に思いを馳せる歴史散歩はいかがでしょう。

故事名言=一朝(いっちょう)一夕の故(こ)に非ず

易経にある言葉で、きのうや今日で今日でできたわけの

もでなく、長い間かかって段々に出来上がったものであ

るおちうこと。悪い慣わしは出来やすいとは言っても、

一朝一夕に出来たものではなく、たいていは長い年月か

かってできたものである。まして善いことともなるとな

おさら大変である。少し大げさだが「ローマは一日にし

て成らず」である。

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