日本の世界遺産第17位「富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)」



富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)


「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と流行り歌にも歌われた明治初期、上野(現在の群馬県)富岡の地で日本初の模範器械製糸場の建設が始まりました。富岡製糸場は、当時の主要な輸出品であった生糸の品質向上を目的に、また将来の産業発展の礎となるよう、すべて国内資本により政府によって建設されました。富岡の地が選ばれた理由は、工場建設に不可欠な「広い土地」、生糸の原料となる「繭」、製糸に必要な「水」を確保できた点が挙げられます。また燃料となる石炭が近隣で採れ、外国人の指導による工場建設に対し、地元の人たちの同意が得られたことも背景にあります。広さ53,738㎡の敷地内には、明治5年の操業当初のままの貴重な建築物が、ほぼ完全な形で残っており、2014年6月世界文化遺産に登録されました。

入口正面に見えるのは、繭の貯蔵のために建てられた東繭倉庫です。「木骨レンガ造」という和洋折衷の建築様式で、フランス人の設計により、日本人の大工が建てました。10万個も使用されているレンガは、瓦職人が試行錯誤して作った国産。屋号が刻まれた一片一片のレンガに職人の誇りが感じられます。富岡製糸場の心臓部ともいえる繰糸場は、内部に柱を1本も用いない「トラス構造」を採用。これにより、広い空間を確保することができたため、大きな機械の導入が可能になり、生糸の大量生産に成功しました。また、採光のためのガラス窓を高い位置に設置し、明かりを確保するなど、建物には様々な工夫が見られます。

富岡製糸場で生産された生糸は、世界に認められ、ヨーロッパ市場の安定にも貢献しました。海外の進んだ技術を取り入れ、そこに日本独自の工夫を組み合わせ、高品質の製品を作り上げる「ものづくりニッポン」の原点は、ここ富岡製糸場にあったのではないでしょうか。


故事名言=一饋(いっき)に十起(じっき)す

一度食事をする間に十度も立つということで、仕事に熱

心なことをいう。淮南子によると、夏(か)の禹(う)

王は政治に非常に熱心で政治のことを聴くために、食事

中に十度も立ったり、入浴中洗いかけた髪を手にしてた

つことが三度に及んだという。

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