日本の百名湯「湯田温泉(山口県)」

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湯田温泉(山口県)

概要
湯田温泉(ゆだおんせん)は、山口県山口市(旧国周防国)にある温泉。山口県を代表する温泉(「防長四湯」)の一つである。開湯は約600年前といわれる。白狐が毎夜温泉に浸かっていたところを権現山の麓のお寺のお師匠さんが発見したとされる。田んぼの真ん中から金色のお地蔵さんや、源泉が湧出したことが「湯田」の名前の由来である。江戸時代末期には、尊王攘夷派の藩士や公家がこの地に滞在していた。井上馨や中原中也の出身地で、温泉街に広い敷地を持つ井上公園と中原病院がそれぞれの生家であったが、中原病院は昭和47年(1972年)5月6日の火事で玄関前のイブキの木、茶室、蔵を残して焼失。平成6年(1994年)2月18日、生家の敷地の一部に中原中也記念館が開設された。漂泊の俳人として知られる種田山頭火も一時ここで暮らし、この温泉を愛したとされ、山頭火の代表的句集『草木塔』[2]に収載された、「ちんぽこも おそそも湧いて あふれる湯」の句碑が立てられている[3]。

故事名言=伯牙(はくが)琴(きん)を破る

無二の親友を亡くした悲嘆のたとえ。列子によると、

春秋のころ伯牙という琴の上手がおり、その友人の

鐘子期(しょうしき)は聞くのが上手だった。伯牙が

高い山を思いつつ弾ずれば鐘子期にはそれがわかって、

高くそびえたつ泰山のようだとほめる。流水を思い

ながら弾けば鐘子期にはそれがわかり、洋々たる江河

が目に浮かぶと言ってほめる。このように伯牙が心に

思って琴に託する気持ちを、鐘子期は必ずぴたりと

聞き分けた。これほど気の合った二人であったが、

呂子春秋(りょししゅんじゅう)によると、鐘子期

は病を得て死んでしまった。すると伯牙は愛用の琴

をこわし弦を断ち切って死ぬまで二度と琴を手にし

なかった。それは鐘子期という得難い聴き手をなく

したからには、もはや琴を弾くべき相手がないという

悲しみからであった。知己のことを「知音」というの

はこのことから来た言葉である。

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